あるいは、甘草は解毒の聖薬であり、古人はこれを大いに称賛したが、あなたは簡潔に述べた。甘草は解毒できないということか?
ああ!甘草が解毒することは誰もが知っているが、誰もその使い方を知らない。私は甘草の解毒には、上、中、下の三つの方法があると考えている。
上の方法は上焦の毒を治し、吐かせるべきである。中の方法は中焦の毒を治し、和解させるべきである。下の方法は下焦の毒を治し、排泄させるべきである。
吐かせるにはどうすればよいか?甘草一両に瓜蒂三枚を加え、水で煎じて服用すれば、毒があれば吐いて治る。
和解させるにはどうすればよいか?甘草一両五銭に柴胡三銭、白芍三銭、白芥子三銭、当帰三銭、陳皮一銭を加え、水で煎じて服用すれば、毒は自然に和解する。
排泄させるにはどうすればよいか?甘草二両に大黄三銭、当帰五銭、桃仁十四粒、紅花一銭を加え、水で煎じて服用すれば、毒はすべて大便から排出される。
この三法は、解毒の方法がこれですべてだとは言えないが、おおよそ私の範囲を超えることはないだろう。服毒、中毒、初期の瘡毒のいずれも、この三法で治療できる。この甘草の解毒法は、私の言葉を聞いてうまく活用できるだろう。
あるいは、甘草は和中の薬であり、攻補ともに用いられるが、不適当な場合もあるのではないか?と問われた。
答える:甘草は国老であり、その味は甘く、甘味は脾胃に適している。しかし、脾胃がその甘味を過剰に受けると、緩慢な性質が生じ、水穀が入っても伝導が迅速に行われず、停滞や瘀滞に至ることがある。水穀は速やかに消化されるべきものであるが、速やかに消化されなければ、各臓腑に伝わる際にその精華を失い、各臓腑がそれによって益を受けないことがある。世間の人々は皆、甘草は益があっても損はないと言うが、その益が多い一方で損も少なくないことを誰も知らない。その益を知り、その損を防げば、自らその益を受け、その損を受けないだろう。
[傍注:甘草は益が多く損が少ないと、遠公が闡明したことで、損が多く益が少ないと感じられるようになった。なぜなら、益が多いことは皆が知っているが、損が多いことは誰も知らないからである。]
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