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本草新編72 甘草5

 あるいは、細い甘草は性質がやや寒く、陰火を瀉すことができるが、陰虚火動の症候にも多用できるのか?と問うかもしれない。 ああ!甘草は瀉火の品であり、元々は細い甘草だけについて云ったのだが、細いものが瀉火するのに、太いものはかえって火を助長するのだろうか? [傍注:また見事に弁明した。] ただし、甘草で瀉火する場合、急症には多用できるが、緩症には重用しにくい。緩症は虚症が多く、虚であれば胃の気が必ず弱く、 甘草の性質は甘すぎるため、多用すると消化しにくく、膨満感の恐れがある。 少量ずつ用いる方が、甘温の性質で自然に大熱を退けることができるだろう。もし陰虚の症候であれば、まさに胃が弱いので、どうして多用できようか?太いものは少量用いるべきであることは言うまでもなく、細いものでも多用すべきではない。

本草新編71 甘草4

 あるいは、甘草は薬の中で調和の味に過ぎず、大した関係はないと思うかもしれない。この議論は甘草を軽視している! 甘草は実際に重用することで効果を上げ、また調剤することで効能を発揮できる。薬の中で欠かせない味であり、あってもなくてもいいものではない。 あるいは、甘草は平凡に見え、世間の医者は皆これを軽視しているのに、先生だけが重用するのは、人とは好みが違うからか?と問うかもしれない。 曰く、甘草は命を救う薬である、どうしてこれを軽んじることができようか?誠に 上、中、下の解毒 の妙を観れば、神効は比類なく、甘草は重用すべきで軽視すべきではないと悟るだろう。ましてや百薬を調和する特別な功績があるではないか。 [傍注:甘草は 国老 と称されるのに、どうして軽視できようか?]

本草新編70 甘草3

 あるいは、甘草は解毒の聖薬であり、古人はこれを大いに称賛したが、あなたは簡潔に述べた。甘草は解毒できないということか? ああ!甘草が解毒することは誰もが知っているが、誰もその使い方を知らない。私は甘草の解毒には、上、中、下の三つの方法があると考えている。 上の方法は上焦の毒を治し、吐かせるべきである。中の方法は中焦の毒を治し、和解させるべきである。下の方法は下焦の毒を治し、排泄させるべきである。 吐かせるにはどうすればよいか?甘草一両に 瓜蒂 三枚を加え、水で煎じて服用すれば、毒があれば吐いて治る。 和解させるにはどうすればよいか?甘草一両五銭に 柴胡 三銭、白芍三銭、白芥子三銭、当帰三銭、陳皮一銭を加え、水で煎じて服用すれば、毒は自然に和解する。 排泄させるにはどうすればよいか?甘草二両に 大黄 三銭、当帰五銭、桃仁十四粒、紅花一銭を加え、水で煎じて服用すれば、毒はすべて大便から排出される。 この三法は、解毒の方法がこれですべてだとは言えないが、おおよそ私の範囲を超えることはないだろう。服毒、中毒、初期の瘡毒のいずれも、この三法で治療できる。この甘草の解毒法は、私の言葉を聞いてうまく活用できるだろう。 あるいは、甘草は和中の薬であり、攻補ともに用いられるが、不適当な場合もあるのではないか?と問われた。 答える:甘草は国老であり、その味は甘く、甘味は脾胃に適している。しかし、脾胃がその甘味を過剰に受けると、緩慢な性質が生じ、水穀が入っても伝導が迅速に行われず、 停滞や瘀滞に至る ことがある。水穀は速やかに消化されるべきものであるが、速やかに消化されなければ、各臓腑に伝わる際にその精華を失い、各臓腑がそれによって益を受けないことがある。世間の人々は皆、甘草は益があっても損はないと言うが、その益が多い一方で損も少なくないことを誰も知らない。その益を知り、その損を防げば、自らその益を受け、その損を受けないだろう。 [傍注:甘草は益が多く損が少ないと、遠公が闡明したことで、損が多く益が少ないと感じられるようになった。なぜなら、益が多いことは皆が知っているが、損が多いことは誰も知らないからである。]