十剤論1
十剤とは、宣剤、通剤、補剤、瀉剤、軽剤、重剤、滑剤、渋剤、燥剤、湿剤をいう。
一論、宣剤。岐伯夫子曰く、「宣は壅を除去できる」と。また曰く、「木鬱は達し、火鬱は発し、土鬱は奪し、金鬱は泄し、水鬱は折す」と、これらはすべて宣することである。
気鬱すれば咽喉頭目口舌の間を上通できず、血鬱すれば胸腹脾胃経絡の内を下達できない。ゆえに上ではしゃっくり、或いは咳、或いは痰、或いは嘔吐の症状が生じ、中では痞、或いは満、或いは塞、或いは痛、或いは飽、或いは脹の病が起こり、下では腫、或いは瀉、或いは利、或いは結、或いは蓄、或いは黄の病が発する。
もし宣剤で気を揚がらせなければ、気は壅塞して不快となり、血を散らさなければ、血は凝滞して流れなくなる。宣すれば必ず木鬱は伸びやかになり、火鬱は発散し、金鬱は疎泄し、水鬱は曲折し、土鬱は殺奪される。
鬱症は五つだけではないし、宣鬱の方法も二つだけではない。内側に鬱するもの、外側に鬱するもの、内でも外でもないところに鬱するものがある。内鬱するものは、七情の傷である。外鬱するものは、六淫の傷である。内でも外でもないところに鬱するものは、転倒墜落の傷である。
七情の傷を治す者は、その結を開く。六淫の傷を治す者は、その邪を散らす。転倒墜落の傷を治す者は、その瘀を活かす。これらはすべて宣の義を助けるものである。
宣は鬱を開き、鬱を解くだけではない。邪が上にある者は、宣して出すことができる。邪が中にある者は、宣して和することができる。邪が下にある者は、宣して泄することができる。邪が内にある者は、宣して散らすことができる。邪が外にある者は、宣して表に出すことができる。宣の義は大きい。
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