あるいは、黄耆は気の虚を補うものであり、初期の虚を補うことしかできず、長患いの虚を補うことはできないと疑う人もいる。私はその理由を尋ねた。
曰く:初期の虚の病には、黄耆は受け入れられやすいが、長患いの虚の病には、黄耆は受け入れられにくい。ああ!虚病には補剤を用いるべきであり、新旧問わず受け入れられるべきである。受け入れられないのは、気の虚ではなく、気の逆である。気逆の虚には、必ず人参を用いるべきであり、黄耆を用いてはならない。初期の気逆の時には、すでに黄耆は禁忌である。なぜ長患いになってからでなければ使えないのか。もし気が虚であっても逆がなければ、長患いにはまさに黄耆が適しており、服用して安らかにならないことはない。誰が黄耆は受け入れにくいと言ったのか。
[傍注:黄耆は気逆の虚を補うことはできない、妙論である。]
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