あるいは、青龍湯には大小の名称があるが、それは石膏の多寡によるのか?と問われた。
曰く、石膏は多く使うべきではないのは、小青龍湯に限ったことではない。小青龍が大青龍と異なるのは、処方に芍薬を使うことである。龍の性質は馴れにくいが、芍薬の酸収を得れば、石膏は上昇することができない。芍薬は石膏を抑制するためである。
[傍注:石膏が芍薬を得て抑制されることは、まだ誰も言及していない。]
例えば、小さな龍が初めて角を生やし、人を傷つけることを恐れて、頭を隠し尾を隠すので、小と名付けられる。世人は石膏の猛威を知っているが、芍薬を加えれば、石膏は恐れるに足らないことを誰が知っていようか。ただし、小青龍の石膏の使い方が適切でなければ、害を及ぼすこともあるが、大青龍のように抑制がないほどではない。
また、大青龍がそれほど横暴であるならば、なぜ芍薬を加えないのか?と問われた。曰く、これはまたできないことである。邪が営衛の間にある場合、陽明に入ろうとしているので、大青龍を緊急に使わなければ、雨を降らせて熱を散らすことはできない。もし芍薬の酸収を加えれば、風雲は出会うことができず、収斂が過ぎて、潤いが不足するだろう。これが仲景夫子が特に大青龍湯を制定し、雨で潤すようにした理由であり、単に涼しい風がそよぐだけではいけないのである。
[傍注:さらに人を引き込む。]
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