あるいは、石膏は胃火を瀉すことができるが、胃火が瀉された後、なぜまた知母を使う必要があるのか?先生は知母が石膏を助ける功績を称賛しているが、これも偏った説ではないか?と問われた。
曰く、石膏は胃火を瀉して腎水を救うが、胃火を瀉しても腎火を瀉すことはできない。胃は腎の関門であり、胃火が息ヤんでも腎火が依然として盛んであれば、関門の道は平らになり烽火は消えても、内火が燃え盛っているようなもので、どうして安寧の象であろうか?故に、胃火を瀉すならば、腎火も瀉すべきである。腎火を瀉すには、知母でなければならない。さらに妙なることに、知母は腎火を瀉すだけでなく、胃火も瀉すことができる。故に石膏と併用すれば、互いに同心で、腎を顧みれば胃も顧みることができ、黄柏のように腎だけを瀉して胃を瀉さないのとは異なる。
[傍注:非常に精妙に弁別している。]
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