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本草新編52 石膏12

 あるいは、丹渓を退け、黄柏、知母の併用を退けるのは、知母は寒涼を助けても人を殺すべきではないということだが、先生は知母が石膏を助けて人を活かすことができると称賛している。これはまたどういうことか?と疑われた。

曰く、胃火が盛んな場合は、元々胃火を直接降ろすべきであり、石膏を使うべきで、知母を更に使うべきではない。しかし、胃火が盛んになるのは、腎水が衰えているためであり、水が虚して火を抑制できないのである。胃火が盛んになれば、必ず腎水が枯渇し、水が尽きれば火の勢いは天を焦がし、人はたちまち死ぬだろう。
石膏で胃火を瀉すのは、まさに腎水を緊急に救うためである。しかし、単に腎水を救うだけでは、腎火が増熱し、胃火は依然として旺盛で、すぐに消えないだろう。故に、さらに知母を使って、一時的に腎中の火を退かせれば、胃火は仲間を失い、容易に消し去ることができるだろう。
この石膏が必ず知母の助けを必要とするのは、一時的な便宜策であり、永久的な計画ではない。丹渓は腎を瀉すために長期間使い、腎を救うために一時的に使うのとは比較できない。私が丹渓を退けるのは、黄柏、知母を退けるのではない。

[傍注:丹渓を退けるのであって、黄柏、知母を退けるのではない。]

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ブログの開設

 昭和45年、30歳の時に氷見で漢方専門薬局を開業し、それから57年たちました。もう今年は米寿を迎えます。 昭和の年代はかなり自由に漢方薬局で処方が組めました。人口が多かった頃は顧客も多く、無我夢中の成壮年期を過ごしてきました。日本漢方から中医学への転換もありました。どっと流入してきた中医学書のなかで悪戦苦闘した毎日でした。みな楽しい思い出です。 しかし人口が減り、私の役割も終わったようです。2020年のコロナ流行時に薬局を閉鎖し、今は隠居生活を楽しんでいますが、出来得る限りは日本の漢方業界を応援していきたく思っています。 見渡す限り、漢方/中医学の世界は誠に悲しむべき実態で、今にも亡びそうです。「 このままでは日本の漢方・中医学は消えていってしまう! 」とばかり「 漢方/中医学 」のフェイスブックを立ち上げて奮闘努力をしていますが、寿命の尽きるまでの数年間を、こちらのブログで燃やしたいと思っています。

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