あるいは、寒涼の薬は人を殺すことが多いが、石膏ほどではない。黄柏、知母でさえ、その横暴さは及ばない。黄柏、知母を退けて石膏を捨てないのはなぜか?と疑われた。
曰く、石膏は死を救う薬である。胃火が極熱に達すれば、石膏でなければ降ろすことはできない。胃火が降ろせなければ、必ず発狂して死ぬだろう。石膏でそれを救えば、死症はたちまち生に転じる。
石膏を使って人を殺す者は、胃火でないのに妄用したのである。人体の火で最も激しいのは、胃火と腎火である。胃火は瀉すべきであり、腎火は補すべきである。石膏で胃火を瀉さず、かえって石膏で腎火を瀉せば、どうして人を殺さないことがあろうか?しかし、腎火と胃火の補瀉の違いは、補すべきなのに瀉す。これも丹渓の黄柏、知母が腎火を降ろすという説に誤解されたためである!寒涼の薬は、人を活かさないことはない。それを誤用して人を殺すのは、石膏に何の過ちがあろうか?
[傍注:快心の論である。]
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