あるいは、石膏は白虎に例えられ、明らかに人を殺すものであり、慎重に使うべきであると教えられている。今また、火が重い場合は、多量の石膏でなければならないと言うが、私はまた天下に石膏を軽々しく使う災いを招くのではないかと恐れる。人を救うどころか、かえって人を害するのではないか?
ああ!症状を論じるには完全でなければならず、薬を論じるには知識がなければならない。天下にこのような症状があれば、この治療法をと論じるべきである。どうして石膏の猛威を恐れ、その殺人の威力を避け、その人を生かす益を明らかにしないのであろうか?
石膏には功罪があるが、それは症状の判断が明確であるかどうかにかかっており、石膏の多寡ではない。
[傍注:経権達変こそが通医である。]
もし症状の判断が誤っていれば、多く使えば人を殺し、少なく使っても人を殺さないとは限らない。もし症状の判断が正確であれば、少なく使っても、多く使っても人を救うであろう。それならば、人は症状を弁別すれば良いのであって、どうして石膏の使用を忌避する必要があろうか。
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