十剤論6
六論、重剤。岐伯夫子曰く、重きは怯を去るべし。夫れ怯とは、正気の怯であって邪気の怯ではない。正気が強ければ邪気は自ずと弱くなり、正気が損なわれれば邪気は自ずと旺盛になる。
弱い者を助けるには強い者を鋤き、損なわれた者を補うには旺盛な者を抑える必要があるように思われるが、しかし正気がすでに怯えているのに、邪気を攻めれば邪気はますます盛んになる。故に、まず正気を安固にし、邪気の侵略や奪い合いを恐れなければ、その後、神は驚くことなく、志は寧静の休みを得る。これが重剤の妙である。
気が怯えている者は心が驚き、血が怯えている者は心が動く。心が驚く者は必ず驚きを止める品を用い、心が動く者は必ず動きを安んじる味を用いる。重い薬を用いなければ、どうして鎮静させることができようか。ただし、重い薬は単独で用いるべきではなく、あるいは気を補うものを補助として用いれば、鎮静させて驚きを止めやすくなる。あるいは血を補うものを補助として用いれば、静かにさせて動きを抑えやすくなる。
重剤は怯を止めるが、これは胆気を安んじることのようだ。曰く、怯の意は胆から出るが、怯の勢いは実に心に及ぶ。重剤で心を鎮めるのは、まさに胆を助けることである。
コメント
コメントを投稿