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本草新編28  人参11

ある人が尋ねた。「人参は脾土を健やかにして水に克つものだというが、なぜ水湿の病に人参を用いると、かえってむくみがひどくなるのか。これはどういうことか?」と。

答えて曰く、「これは人参が脾土を健やかにしないのではなく、脾土が腎水を制御できないためである。腎水は脾土が盛んになることで、初めて中州に氾濫させないようにできる。土が堅固でないからこそ水が盛んになり、その水を制御するには土を健やかにしなければならない。土を健やかにする薬として人参以外に何を求めるというのか?

しかし、土が堅固でないのは、また火が微弱すぎるためである。火は水の中にあり、水の外にはない。土を補うには必ず火を補わなければならず、火を補うには水の中で補う必要がある。
[傍注: 腎中の火を補うのは真火であり、心中の陽火と誤解してはならない。] 

では、どのように治療すればよいのか?まず水を補って火を生じさせ、次に火を補って土を生じさせる。人参を補腎薬の中に用い、速やかに水の中に火を生じさせ、ゆっくりと人参を補腎薬の中に用い、火の中に土を再生させる。そうすれば、自然と腎は水を生じても水は氾濫せず、腎は火を生じても土は崩壊しない。どうして人参を避けてむくみの増加を防ぐ必要があろうか。」

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ブログの開設

 昭和45年、30歳の時に氷見で漢方専門薬局を開業し、それから57年たちました。もう今年は米寿を迎えます。 昭和の年代はかなり自由に漢方薬局で処方が組めました。人口が多かった頃は顧客も多く、無我夢中の成壮年期を過ごしてきました。日本漢方から中医学への転換もありました。どっと流入してきた中医学書のなかで悪戦苦闘した毎日でした。みな楽しい思い出です。 しかし人口が減り、私の役割も終わったようです。2020年のコロナ流行時に薬局を閉鎖し、今は隠居生活を楽しんでいますが、出来得る限りは日本の漢方業界を応援していきたく思っています。 見渡す限り、漢方/中医学の世界は誠に悲しむべき実態で、今にも亡びそうです。「 このままでは日本の漢方・中医学は消えていってしまう! 」とばかり「 漢方/中医学 」のフェイスブックを立ち上げて奮闘努力をしていますが、寿命の尽きるまでの数年間を、こちらのブログで燃やしたいと思っています。

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