ある人が尋ねた。「人参は気を高める薬なのに、今それを喘息を鎮めるために使うのは、また極陰の薬です。先生は人参が腎に入ると言われましたが、それは信じられます。しかし、なぜ喘息以外では、腎を補うために人参を使えないのでしょうか?」
曰く、「人参が腎に入るというのは、一時的な便宜的な策であり、中和の道ではない。およそ気が絶えた者は、必ず人参を用いて救うべきである。気が絶えた状態は、緩やかな薬では救えず、腎水は補陰薬では速やかに生成されない。人参は気分の薬であり、また陰分の薬でもあるため、陽が生じれば陰も生じ、その元陽を救うことは、まさにその真陰を救うことである。」
[傍注:人参は肺気を補う正薬である。腎は肺の子であり、腎水が尽きようとするときは必ず母に救いを求める。人参は肺を補って水を生成するため、腎を救うには人参に頼るしかなく、人参が腎に入ると言ってもよいだろう。腎気が生じなければ、絶は回復しがたい。ならば絶を救うことは、まさに腎を救うことである。ゆえに腎が絶に至らなければ、人参を用いる必要はない。腎が絶に至ったならば、人参を用いざるを得ない。]
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